火星の夜空に浮かぶ地球と月。 火星では数年の間の僅かな期間、公転周期の関係でこうした幻想的な夜空が出来上がる。その窓の外に浮かぶ美しい空間を眺めながら、ひとりレイチェルは朽ち果てる時を待っていた。 すでに彼女の主である者の行方は知れない。 彼女自身、自分が破棄されたことには気づいていた。 しかし、その従順というプログラムから逃れる事はできず、もはや主はおろか、人々さえもいなくなった町から離れることが出来ずにいた。 レイチェルは記憶と記録をたどっていた。何故たどっていたのかは自分にも分からなかった。人々に仕えている間に人に近い感情と行動が芽生えることは分かっていた。それが理由かどうか、彼女の脳裏には地球で生まれて火星に着いたばかりの事が浮かんでいた。 あの頃、希望を抱いて語る主の、その火星の未来像に彼女も不思議な躍動感を覚えたのを思い出していた。 |
あれから長い年月彼女は主に仕え続けた。 そして、今ようやく、彼女の終わりは近づいている。 それはまさに灯火が消えるがごとく訪れる。その最後まで100年を超えて美しい姿や性能は変わることなく、ただ静かに途絶えてゆく。 それがいつなのかも分からぬまま・・・。 繰り返し今夜も彼女は小さく呟く 「もう、想い出せるものも少ない・・・」 おしまい |
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